ブヌン族は台湾で最も古くからいた原住民族の一つです。言い伝えによると、彼らの祖先は台湾の西部の平原にいましたが、のちに猟場と耕地の変化、漢人の移入により、東へと移動し、濁水渓から中部山岳地帯に入り、四方に広がっていったそうです。現在は、南投、高雄の山地、中央山脈以東の花蓮、台東の山腹に居住しています。中央山脈全体が彼らの活動範囲であり、台湾原住民族の中ではタイヤル族と並んで、最も活動的で勇ましいと言われている部族です。

ブヌン族の伝統的な集落の中では祭りは重要な地位を占めており、一年中ほとんど毎月何かしらのお祭りが行われています。月の満ち欠けや植物の生長などにより祭事の内容が決まります。中でも、狩猟と豊作を祈る打耳祭は一年の中で最も盛大な祭りです。歌はブヌン族の生活の中で極めて重要なもので、日常生活の中で言葉の代わりとして用いられるだけでなく、祭りの中では敬意の意味も表します。彼らの歌唱方法は純朴で、自然で、非常に美しいハーモニーを形成します。とりわけ、祭りの中で歌われる「粟の豊作の歌」は半音階の歌唱法で、民族音楽学界に大きな震撼をもたらしました。歌声以外にも、口琴や弓琴も吹きます。

伝統的なブヌン族の生活は農作業が主な生活手段ですが、狩猟や野生の木の実の採集も行います。彼らは日常生活用品も植物や動物などから作り、大自然に寄り添った生活をしています。玉山国立公園内には現在のところ、二集落しか存在していません。南投県信義郷東埔村と高雄県桃源郷梅山村で、住民のほとんどはブヌン族で占められています。

東埔村は陳有蘭渓と沙里仙渓の交流地点にあり、東埔とはツオウ語で「TONPO(トンポ)」、つまり斧を意味する言葉です。その由来は、かつてここがツオウ族の斧の製造場所であったことにちなんでおり、ブヌン族はこの付近一帯を「HANUPAN(ハヌパン)」という猟場を意味する言葉で呼んでいました。山と河に沿い、野生動物が活発に活動していた場所だったからです。なお、現在の東埔のブヌン族は約二百年あまり前に郡大渓谷から移住してきた人々です。
梅山村はブヌン語で「MASUHUW」と呼ばれ、この地に籐がたくさんなるところからこの名前が付けられました。この集落はおよそ七十年あまり前、ブヌン族の移動史の中では末期に形成された村落です。

現在では東埔、梅山の二村とも世代交代を経て、社会形態も大きく変化しました。伝統的なブヌン族の生活方式は今では見られません。ほとんど現代社会と変わらない生活です。多くの人は農業を糧に生活していますが、伝統的な粟にかわり、お茶、とうもろこし、梅など経済作物を植えています。伝統的な祭事祭典も現在の信仰宗教であるキリスト教やカトリックの宗教儀式と混じり合っています。